広島平和記念資料館2021年04月04日

 平和公園の桜は満開で75年を経た今日、よくここまで再建されたと思いました。初代館長の長岡省吾の1万2000点に及ぶ原爆資料収集、平和都市として広島を復興しようとした市長の濵井信三、広島平和記念資料館・原爆慰霊碑の設計から平和公園のグランドデザインまで手がけた建築家の丹下健三、橋の設計に協力したイサム・ノグチ、「原爆被害者の会」や被爆者・高橋昭博らの反核運動、ボランティア、そして原爆ドーム保存運動をすすめた中高校生「広島折鶴の会」など、市民協働によって再建されたことを知りました。丹下健三は「事実の継承と平和創造」のために記念資料館を設計したそうです。ヒロシマの原爆ドームをみると、長崎市議会議員らの浦上天主堂保存の訴えを反故にした田川市長の判断は大きな過ちだったことがわかります。長崎浦上天主堂の遺構撤去が悔やまれてなりません。20210404記


広島平和公園
広島平和公園②


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