爆弾(肉弾)三勇士像(昭和7年建立)長野県飯田市2024年03月30日

爆弾(肉弾)三勇士像(昭和7年建立)長野県飯田市
 戦争の記憶を求めて、長野県飯田市に残されている爆弾(肉弾)三勇士像(昭和7年建立)を探しに行きました。風越山の登山口にある猿庫の泉(全国の茶人が水を求める有名な命水、茶会をやっている)の近く、山道を少し入った場所に見つけました。
 石像は九州の久留米の連隊に所属していた江下武二、北川丞、作江伊之助の3名です。1932年第一次上海事変で敵陣突破を試み戦死した彼らは、のち軍神とされ、新聞、映画などの芸術、教育を通して、軍国熱を煽る皇国臣民教育に利用されました。実際は敵陣突破して自爆したのではなく、失敗して爆死したとも云われています。
 全国各地に爆弾三勇士像がつくられましたが、残っているところは少ないので貴重な石像です。少国民教育の一貫として飯田市の国民学校生徒は、軍神・爆弾三勇士像の遥拝を強制されていたのでしょうか。戦前、この石像はどのように利用されていたのか気になりました。20240330記

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