静岡平和資料センタ-2021年10月31日

 静岡空襲の戦争の痕跡を探訪してきました。静岡市は1945年6月20日、123機のB29による爆撃を受けています(静岡空襲)。米軍は安倍川に避難した市民にも、容赦なく焼夷弾攻撃を続けたので、川に油脂が流れ引火して多くの人が亡くなりました(1958年に供養祭として「安倍川の花火大会」が始まる)。米軍は、爆撃中心点から半径1.2キロに照準を合わせて空爆することで市街地を壊滅させました(死者1766名、負傷者6654名。市街地の66%が焼失)、また全国180の都市を空襲する計画でした。静岡は15番目のターゲットです。
 まず駅近くにある「静岡平和資料センタ-」で話を伺ったあと、かろうじて残った建物など戦跡を探しました。写真(中)は爆撃中心点となった場所にある静岡銀行、日赤病院前に残る「クスノキ」です。歩き疲れました。
20211031記


静岡平和資料センター
静岡銀行
静岡空襲被爆クスノキ



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