侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館(哈爾浜) ― 2023年08月14日
中国東北部に行ってきました。旅程は黒竜江省の哈爾浜(ハルビン)、遼寧省の瀋陽、大連、旅順、金州です。戦前の南満州鉄道を中国高速鉄道(時速306㎞)で移動しました。哈爾浜は19度、最高気温でも24度なので爽やかな気候。東清鉄道で建設された都市なのでロシア文化が残っていて、西洋風の街並みでパリのような佇まいでした。ただこの時期は雨期にあたるため雨もあります。
中国各地で細菌戦を行った関東軍防疫給水部(731部隊)の遺構は、戦跡資料館として残されています。関東軍がこの地で何を行っていたかがよくわかります。膨大な公文書、証言記録、論文、実物を徹底的に集めて展示物が構成されていました。入館は無料でした。現在、哈爾浜からは地下鉄で行くことが出来ます。公共機関はとても安く、バスは1元(約20円)空調ありは2元。地下鉄も数元でOK。高速鉄道も安いです。日本のバスや地下鉄、私鉄やJRの運賃が異常に高いことがわかりました。20230814記




鳴門市ドイツ館 ― 2023年01月11日
平和博物館である鳴門市ドイツ館、第9交響曲アジア初演の地、板東俘虜収容所跡(財務省が土地を鳴門市に無償貸与しているので残されている)、賀川豊彦記念館に行きました。第一次世界大戦で捕虜となったドイツ兵の日本での生活が展示してあり、地元の人びととの交流もあったことがわかります。戦争が終わっても帰国しなかったドイツ兵が多いのには驚きました。
なのに、日本は第二次世界大戦で捕虜の虐殺をすすめていく。歴史に学ばない政治が加害をもたらしたと思います。ドイツ館の隣りには鳴門市賀川豊彦記念館があります。教科書程度でしか知らなかった人物、しかし記念館で彼の人生を知ると、現代の空海、親鸞とも云われた巨人ぶりに圧倒されました。職員の方が「皆さん余りご存じないかも知れませんが、今のCoop生協やJA農協をつくった人です」と紹介。ノーベル平和賞に4回、文学賞に2回候補になってもいた国際人。特に私が関心を持ったのは絶対平和主義の思想と行動、ボランティアを実践した草分が賀川豊彦だったことです。鳴門市が保存しているので、国内外の資料も保存され散逸を免れています。戦跡保存、文化保存に自治体の役割はとても大きいと思いました。20230101記
なのに、日本は第二次世界大戦で捕虜の虐殺をすすめていく。歴史に学ばない政治が加害をもたらしたと思います。ドイツ館の隣りには鳴門市賀川豊彦記念館があります。教科書程度でしか知らなかった人物、しかし記念館で彼の人生を知ると、現代の空海、親鸞とも云われた巨人ぶりに圧倒されました。職員の方が「皆さん余りご存じないかも知れませんが、今のCoop生協やJA農協をつくった人です」と紹介。ノーベル平和賞に4回、文学賞に2回候補になってもいた国際人。特に私が関心を持ったのは絶対平和主義の思想と行動、ボランティアを実践した草分が賀川豊彦だったことです。鳴門市が保存しているので、国内外の資料も保存され散逸を免れています。戦跡保存、文化保存に自治体の役割はとても大きいと思いました。20230101記
宇治火薬製造所黄檗本工場と木幡分工場跡(「戦争遺跡に平和を学ぶ京都の会」2022年秋のフィールドワーク) ― 2022年11月22日
「戦争遺跡に平和を学ぶ京都の会」秋のフィールドワークに参加しました。戦前、宇治にあった陸軍の宇治火薬製造所黄檗本工場と木幡分工場跡の見学です。JR木幡駅に隣接する木幡緑道にある陸軍用地跡(火薬専用の鉄道用築堤と陸軍石柱)とJR黄檗駅周辺、京都大学宇治キャンパスと陸上自衛隊、宇治少年院に残る戦跡(宇治火薬製造所跡)の見学です。4年前には、トンネルを抜け火薬試射場を巡見できたのですが、崩壊が酷いらしく今回は入れずトンネルまででした(最後の写真)。中は鹿とイノシシの生活空間になっているとのことです。陸軍は広大な敷地を確保するため黄檗山万福寺の所有地を接収したそうです。京大グランドや京大宇治キャンパス、宇治少年院、公園など公共施設が多いのは、陸軍用地であったことと関係していることがわかりました。戦跡は放置されたままで、説明板がなかったり、あっても傷んでいたり、草が生い茂って崩壊し始めている場所もあるようです。戦跡保存は緊急の課題と再認識しました。20221122記
ウトロ平和祈念館 旧京都飛行場(逓信省の民間パイロット養成)跡 ― 2022年08月12日
立命館大学国際平和ミュージアムのボランティアガイドに参加しているので、7月にウトロ平和祈念館を見学しました。宇治市にあるウトロ地区は戦前、京都飛行場(逓信省の民間パイロット養成)建設に関わった朝鮮人労働者が居住した地区です。戦後、居住権をめぐり、地区住民らが立ちあがり住民運動を起こしました。1980年代になっても上水道もない状態だったそうです。現在は日韓両国の市民や行政の支援をうけて居住権が認められました。ウトロの歴史を伝え対話と交流の場として、今春、祈念館が設立されました。
京都飛行場跡は、京都府立久御山高校から久御山中央公園までの広大なエリアにあります。周囲を1周しましたがへとへとになりました。googlemapで水路が確認できます。ストリートビューで歩いて見ることができますよ。20220812記
京都飛行場跡は、京都府立久御山高校から久御山中央公園までの広大なエリアにあります。周囲を1周しましたがへとへとになりました。googlemapで水路が確認できます。ストリートビューで歩いて見ることができますよ。20220812記
旧陸軍第九師団(石川県金沢市) ― 2022年02月26日
日清戦争後の1896年、金沢に設置された陸軍第九師団の戦跡を探訪しました。豪雪の金沢は初めてです。陸軍歩兵第六旅団司令部庁舎(現公園管理施設)、師団長官舎(現石川県立美術館広坂別館)、第九師団司令部と金沢偕行社(現国立工芸館)、金沢陸軍兵器支廠兵器庫(現石川県立歴史博物館)はすべて金沢城公園と周辺にあります。戦後、戦災復興のため教育を優先し戦跡や戦争関連施設は大学等教育関係施設に所管利用されることが多かったようです。金沢でも金沢大学や金沢美術工芸大学などが一部施設を活用していました。大雪の中を歩きまわったので、帰路は、市内循環のミニバス、金沢ふらっとバス(100円)を利用しました。戦跡のほかは、近江町市場、武家屋敷、東郭(茶屋街)、泉鏡花(休館)、徳田秋声、室生犀星、鈴木大拙の各記念館を巡る文学散歩もできました。20220226記
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