西陣空襲(1945年6月26日)京都市内2017年06月26日

 1945年6月26日に京都で西陣空襲(上京区出水地域)がありました。7月頃まで京都は原爆投下の第一目標とされていたようです。京都駅にほど近い梅小路機関区(現在は京都水族館)が標的だったそうです。上空から目視しやすいらしい。米軍は天皇を残し、日本国民を手なずけ、敗戦後の日本統治を有利にするために、京都を原爆投下からはずしたといわれています。  米国は日本全国にある180の中小都市を空襲予定にして、人口の多い都市の民間人を殺戮することで日本国民の戦意喪失をはかりました。原爆投下から免れた都市は米軍の戦略的な大規模空襲の対象となっていました。京都への空襲は臨機目標(途中変更の臨時的空襲)であったそうですが、西陣地域に落とされた7発の爆弾で、死者43、重軽傷66、罹災者850人もありました。写真は辰巳公園と空襲の碑、山中油店が展示している爆弾の破片、境内の井戸に爆弾が落ちたと伝えられている昌福寺です。20170626記









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